マオリの言葉に触れて思い出した大切なこと
- 4月19日
- 読了時間: 4分
I’m the land, the land is me
ka mua, ka muri

マオリの歴史、神話について
そして、
女性と出産、大自然との関わりについて。
アオテアロア(NZ)の先住民族、
マオリの助産師であるリサ・ケリーさんから
深い学びWanangaを受けた日のこと。
リサが、
何度も口にしていた言葉。
I’m the land, the land is me.
➖私は大地であり、大地は私である。
彼女の放つ一つ一つの言葉を聞くたびに、
このマオリの言葉は彼女の在り方そのものであり、
人間の本来の在り方なんだろうなと。
心の奥の
何か足りていないところに
スーーーッと染み込んでいった。
女性と出産、
大自然との深い関わりについて語る彼女の姿は女神のようで、
私がこれまで思い描いてきた憧れの女性像を、
はるかに超える存在でした。
私は、医者でも助産師でもない。
それでも施術をする者として、
女性のカラダと心という
とても繊細な部分に触れる仕事をしています。
だからこそ、
いつのまにか
「女性にとって、絶対的な安心を感じられる存在でいたい」
と色んな角度から
「女性の心とカラダ」を学ぶようになりました。
今回のリトリートで、
もうひとつ、心に残った言葉。
ka mua, ka muri
ー後ろ向きに未来へ歩む
通訳としても場をつないでくれていた、
パシフィックマザーの映画プロデューサー小澤みぎわさんが
大切に伝えてくれたマオリの言葉。
「前を見ながら、後ろを背負って歩く」
という意味があり
過去を切り離すのではなく、
祖先や記憶、
経験を背追いながら未来へ進んでいく
という在り方だと話してくれました。
マオリ語では、
胎盤と大地は、同じ言葉(Whenua)。
ニュージーランドでは、
マオリに限らず、胎盤を土に埋める習慣があり、
それは
大地と子どもをつなぐ意味を持つのだという。
大切に、大切に、
我が子を育ててくれた胎盤。
その存在を、
ひとつの「いのちの役割」として見送る文化が、
そこにはあったんです。
日本ではどうでしょうか。
多くの場合、
胎盤は感染性医療廃棄物として処理され、
母親が、
ときには見ることも、触れることもないまま、
そんな現状さえ「当たり前」として終わっていく。
それが良いとか悪いとか
そういう話をしたいわけではなく、
ただその「当たり前」に、
これまで何も感じてこなかった自分に
今回、初めて小さな違和感を覚えた。
リトリートでは、
臍の緒を納める器(本来は胎盤)を作ったり、
臍の緒を結ぶ紐を編んだりする時間がありました。
子どもを迎えるためのひとつひとつの準備。
そのすべてに
リサは寄り添い、常にサポートしていると。
なんて心強い存在なのだろうと、
マオリの人々が少し羨ましくさえ感じました。
⸻
そうなふうに
娘や息子を迎える豊かで温かい準備期間を、
私はちゃんと味わってこなかったなぁと。
恥ずかしながら今さら気づいたんです。
⸻
トツキトウカ。
大変な時期でもあるけれど、
二度とない、お腹の子と一緒の大切な時間。
妊娠をしても生活はとくに変わらず、
臨月まで働いていたり、上の子の子育て真っ只中だったり。
そうやってほとんどの人が
今まで通りの生活を続けながら
妊婦生活を送っている今の日本では
意識を向けていないと
「何かとても大切なもの」を簡単に見過ごしてしまう。
⸻
いつか、
そんな
尊い妊婦生活を送るかもしれない女性たちへ。
はたまた、
あの頃、
「何かとても大切なもの」を
見過ごしてしまったかもしれない母たちへ。
その人なりの
「なにかとても大切なもの」を見つけられる時間を、
私なりに、
これからもっと伝えていきたいなと強く感じた日。
こんなに素晴らしいリトリートに参加できた私はただでさえラッキーなのに、
そのあと
このお二人が関わっている
「パシフィックマザー」という映画を鑑賞し、
鑑賞後の
お二人のアフタートークまでご一緒できた私は
もう何かをせずにはいられなくなったのでした。
(2025.12.18ーnote記事より)
「私が産むのに、
どうして私がどう産むかきめられないのでしょうか。」
ー福本幸子
映画「Pacific Mother」のショートムービー、
⬇︎お時間あればぜひご覧になってください🎬




